整備士が作成したバックアップから抜粋された『シリアルナンバー89:Echo』の思考ログ
- Toma Higa
- 10月21日
- 読了時間: 4分
20xx.12.22
戦闘訓練には参加できなかった。
手の震えが止まらない、息が苦しい。
殺した人々の目が、戦場に転がった死体の目が、僕をずっと見ている。声も聞こえる、でもいろんな音が重なって、何を言っているのかわからない。
確かなのは僕は死ななければならないということだ。
生きていてはいけない、死ななければならない。
20xx.12.26
眠れなかった。
ブランケット越しに誰かが見てるような気がした。
20xx.12.29
眠れない。
「人でなし、地獄に落ちろ」ずっと声が止まない。
20xx.1.21
規則正しい生活はできる。そうしなければならないから。
でも、戦闘訓練の時間になるとシステムではどうにもできない動悸と震えが出てしまう。
今日もそうだった。
20xx.2.14
古傷が痛い。それを痛いと言う資格は僕には無い。
20xx.3.17
何度も何度も開発室でコードに繋がれて、その度に不快な感覚とフラッシュが意識を奪って、電子音と共に眼が覚める。
それでも直らない。
武器を持てない、訓練も作戦も参加しないといけないのに体が震える、幻覚も消えない。
20xx.4.5
部屋を移された。頑丈な鉄の扉が付いた簡素な部屋だった。
20xx.4.30
部屋を移されてから、開発室に行くことも、訓練に参加することも無くなった。
まず、食事の時間以外に人が来なくなった。
20xx.[編集済み].[編集済み]
死にたくない…怖い……怖い!
押し潰されて跡形もなく焼かれることを想像して、それがとても怖くなって、逃げてしまった。
死ぬべきだったのに!
僕が殺してきた人だってそうだったんだろう、死にたくないと、怖いと、逃げたいと思っていたのに僕はそれを無視して殺してきた。あの最期はきっと僕にふさわしいだろう、なのに僕は逃げた。
間違いだった。僕は選ばなければよかった。
20xx.[編集済み].[編集済み]
どれだけ移動したのかわからない。
念のため、通信機器を長時間水没させて機能しないようにした。こんなもの、捨ててしまえばよかったが、醜い左耳を人目に晒したくない。
20xx.7.2
生きたくないのに死にたくないと考えてしまう。
よくないことだとわかっていながら、店の裏口の袋に乱雑に詰められた食料を盗んだ。
どうして生きているんだ?
20xx.7.10
誰も僕のことを見ていないと思うが、みんなが監視するように見ているような気がする。いや、傷だらけで、大柄な男なんて、目立つだろう。みんな見るだろう。
捕まりたくない。
ここにもいられない。
20xx.7.20
廃ビルから何度も飛び降りようかと思った。錆びたパイプで喉を貫こうと何度も考えた。でも、できなかった。
頭の中と視界のアラートがずっとうるさかった。
僕は自ら死ぬことすら選べない。
20xx.9.13
どこに行けばいいかわからない。
何度も食料を盗んでは人のいない建物に潜り込んで過ごした。
アラートも幻聴もうるさくてかなわない。
生きたくない、死にたくない。
20xx.10.20
一晩を過ごす建物を見誤ったと思う。
埃をかぶっていない物、機械用の油のにおい、手入れされた工業製品、間違いなく誰かが使っている。
日が昇る前に出なければ。
20xx.10.20
この部屋の管理人と思われる男に見つかった。
まずい、まずい、男は人を呼ぶだろう、そしたら僕は捕まってきっと殺される。死にたくない!
男をここで殺さなければいけない。
なのに、体が動かない、どうしても動かせない。息が苦しい。震えが止まらない。
殺すか逃げるかしなければいけないのに視界が暗くなっていく。
20xx.10.21
目が覚めたとき、柔らかい布団の上に横たわっていて訳がわからなかった。
生きているのか?男は僕を助けたのか?なぜだ?
20xx.10.24
男の真意がわからない。
修理されたインカムと新品の服と空き部屋を与えられ、この家に居ていいと言われた。
一体、こんなことをして彼には何の利益があるんだ?何の利用価値の無い戦闘兵器だった物に何を望んでいるんだ?
20xx.10.26
僕が、こんな、生活をおくるなんて、みんなが許してくれるはずがない。でも、彼がここにいていいと、言ってくれているなら……
……はじめから僕は、どこにも行けやしなかったんだ
20xx.[編集済み].[編集済み]
僕は決して赦されない。